見つかったのは右手親指だけ…911 遺族が振り返る、アメリカ同時多発テロのあの日のこと
「大切な人との別れ」
亡くなった人に会いたい…大切な人との別れがあれば、誰しもそれを願うものです。けれどもその願いは決して叶うことはありません。私たちは百も承知していますが、それでも願わずにはいられません。いくつ年月が経っても、行き場のない想いを抱えています。
お盆と御命日
行き場のない想いを抱え、今年もまたお盆の時期がやってきました。私はここ数年お盆の時期を京都で過ごしています。私自身所縁のある場所ではありませんが、長男が京都の大学に進学したことをきっかけに、京都で五山送り火を見るようになりました。毎年 8 月 16 日の夜、ご先祖さまの霊を送り、亡き魂を想う京都の伝統行事です。
納骨の場所
私の夫はアメリカで2001 年 9 月 11 日に起きたアメリカ同時多発テロ事件に巻き込まれましたが、発見確認されたのは右手の親指だけでした。夫の身体の大半は未だアメリカの地にあり、一般的にいう納骨を日本で行なってはいませんし、お墓にも埋葬されていません。
お盆や御命日の日
夫に会いたくなった時、お盆や御命日の日は、場所を選ばず空を見上げます。お墓の前で手を合わすことはできませんが、逆にどこにいても、どんな場所に居てもお参りはできる気がしています。
日本に身体を連れ帰れない口惜しさ
この記事では、アメリカ同時多発テロに巻き込まれた被災者のうち、一人の遺族の物語が紹介されています。彼女の夫は日本人であり、事件の後、夫の遺体の一部である右手の親指が見つかったと述べています。しかし、その他の身体の大半は未だにアメリカにあるため、納骨や埋葬を行うことができないという苦悩を抱えています。
このような状況は、身体の一部が見つかったために closure を得ることができると思われる一方で、遺族にとっては非常につらい状況です。身体を連れ帰ることができないという口惜しさと、お墓や納骨場所を持つことができないという悲しみが、遺族の心に大きな重荷となっています。
日本人にとって、お墓や納骨場所は故人との絆を保つための重要な場所です。そのため、遺族にとっては大切な存在です。しかし、アメリカ同時多発テロのような大規模な災害では、身体が完全には見つからないことが多く、遺族はこのような悲しい現実と向き合わざるを得ません。
精神的なサポートとは
この遺族の物語は、納骨や埋葬といった伝統的な方法ではなく、違う形で故人との絆を保つ方法を見つけようとする試みを示しています。遺族はお墓の前で手を合わせることはできませんが、空を見上げることで夫との結びつきを感じることができると述べています。
精神的なサポートとして、遺族が新たな形で故人とのつながりを築くことを支援することが重要です。宗教的な儀式や伝統的な方法以外でも、個々の遺族に合った形で故人との絆を感じることができるようなサポートを提供することが求められています。
終わりに
アメリカ同時多発テロ事件から22 年が経ちましたが、遺族たちの心の傷は未だに癒えていないことが分かります。彼らが抱える口惜しさや悲しみは、私たちにとって考えるべき課題です。
このような悲しい経験から学ぶことは多いですが、最も重要なのは遺族や被災者を支えるためのサポート体制を整えることです。伝統的な方法にとらわれず、個々の遺族のニーズに合わせた形でのサポートが求められます。
アメリカ同時多発テロ事件のような惨劇が二度と起こらないことを願うと同時に、遺族が心の平穏を取り戻すための支援が継続されることを願っています。
<< photo by Nick Fewings >>
この画像は説明のためのもので、実際の状況を正確に描写していません。